お菓子作りに満喫
「おいしい! 私のソース」「うん、サユリのソース、ホントにオイシイ、よし今日は10点満点!」「私にも味見させてっ、どれどれ、ウーン、ホントにとってもオイシイ!」
一番目は私、二番目はシェフ(先生)、そして三番目はクラスメート、とのコメント。これはパリでの料理学校(ル・コルドン・ブルー)の料理上級コース時代、実習の最後に各白が作った料理の採点をした際のひとコマ。でもほとんど毎回のお決まりの一幕。だって本当に美味しいんですもの、私のソース!
不思議なもので「よしよし今日も美味しくなるぞ、私のソース」と自画自賛しながら作ると美味しく出来上がるものなのです。ほら、花でも毎日水をあげる時に「今日きれいに咲いてるね」とか話しかけたり褒めたりすると、元気に花を咲かせるというでしょ?
ところで、料理学校の時は当然のことながら、皆同じ材料を使って同じルセットで作るわけです。しかし、出来上がる料理の見かけはそんなに違わないのに、味が全員違うことに改めて驚かされます。素材の火の通り加減、ソースの煮詰め具合、味付け等、料理のプロセスでの少しずつのタイミングや塩加減の違いが、最終的に全く違う味に仕上げてしまうのです。料理のプロセスで大事なことは、大胆に短時間で決めるべき瞬間とじっくりと様子を見ながら調整すべき時のタイミングを見極めることだと思います。もちろん基本的なルールさえ外さなければ例えば強火でソースを煮詰めている時に一瞬でもかき回す手を休めたら、あっという間に底の方がコゲ付いてしまうでしょ!このタイミングの違いと作る人のセンスの良さが同じ料理を作っても、その都度違った味のしかも美味しい料理に仕上げるのです。だって美味しいものはひとつではないでしょ?
味覚は経験によって開発されると言いますから、一搬的には子供より大入の方が「美味しい」と感じる味の幅が広いというか、ヴァリエーションがありますでしょ?しかし子供の時からヴァリエーションの少ない家庭料理(フランスでもお袋の味は今や過去のものでしょうか?)で育った入々が大人になった時、好きな料理はほんの限られたもので、嫌いなものや食べられない(食べてみようともしない、食べず嫌い)ものの方が多い人になってしまうのではないかしら。フランスの学校のカンテイーヌでも会社のカンテイーヌでも、ナンバーワンは「Steack Frites」だそうですが、、、理解できますでしょ? 子供達は好きな肉や魚がない時は、付け合わせのCoquillettesやRizにケチャップを真っ赤になるほどかけて、それだけしか食べない子がほとんどですし、、、ここはもしかしてアメリカ!?
フランス人は世界でも最も味覚の発達した国民の一つのはずなのに(日本人もです!!)残念なことです。だってこんなにヴァラエテイーに富んだしかも美味しいものが沢山あるフランスに生活していてそれをエンジョイできないなんて、こんな勿体無いことはないでしょ?野菜も果物も日本人の私からみたら夢のように (ちょっと褒めすぎかしら)美味しいし、おまけに種類の多さも味のレベルも世界一のパンについては言うまでもありません。ご飯が大好きの私がフランスではキッパリとパンに乗り換え(日本に里帰りした時には本物の日本米の美味しいご飯に再びキッパリと戻ります!)豊富で美味しい野菜を沢山食べ、後は肉、魚、乳製品、果物等を少しずつ全てバランスよく(野菜はできるだけ多くの種類を取り混ぜて、他の食品の全ての合計量の2倍が基本です。)もちろんデザートも忘れません!
そして私の現在の仕事がレストランでデザートを作ること、つまりパテイシエ(patissere)なのです。勿論フランス料理のレストランです。最初は料理から始めましたが、数カ月後パテイシエに転向、もうすぐ丸4年になります。実際に仕事を始めてみて実感したことは、料理とお菓子では作る過程での大事なポイントが全く違うこと。
料理では大きく3つの過程があって、下ごしらえ(材料を切ったり下ゆでしたり等)、火を通す(調理、味付け)、そして仕上げです。この3つのポイントの重要度は全て同じレベルだと思うのです。パティスリーでは、ベーシックなお菓子の場合、最も大切なことはpateやappareilを作る時のプロセスつまり材料の状態(温度)、混ぜ方、立て方等なのです。料理でいったら火を通す前の下ごしらえがとても重要で、これで80%くらいが決まってしまうと言ってもいいくらいです。だから混ぜている時の手ごたえと触れた時の感触が頼り、それといわゆる焼く前の生のpate(クッキー、ビスキュイ、マカロン等の生地)やチーズケーキのappareilの味見も大切なこと。そしてもう一つ、オーヴンに入れる前に冷蔵庫や冷凍庫で休ませる、叉は室温で20~30分乾燥させることも欠かせないこと。最後にオーヴンに入れたら、、、神様に祈るのみ!?最後に塩をちょっと加えるわけにはいかないのです、料理と違って。パテイシエは粉とバターと砂糖と卵、あと秤さえあれば結構色々なお菓子が作れるのですから。C’est magique!
美味しい料理やお菓子を楽しむ、味わうためには、とにかく食べてみること。その経験の積み重ねが味覚の発達を助けるのですから。こんなに沢山の美味しいものに恵まれたフランスに生活していて、それをエンジョイしないなんて勿体無いでしょ!
木暮小百合
1962年群馬県伊勢岬市生まれ。
現在パリ・シャンゼリゼ付近のレストランにてパテイシエとして勤務。
(イラストレーション: 岩本晋司)