「自然な時間」と「人工的な時間」との調和
英国に暮らしていると、そのスポーツ文化の豊かさに感服させられる。サッカー、ラグビー、ゴルフ、テニス、ボクシング、ヨット、ビリヤード、ボウリング、競馬。それらは全て英国を発祥の地とするものか、英国人がルールを制定したものだ。その英国と並ぶスポーツ大国といえば、アメリカ合衆国だ。ベースボール、アメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケー。英国の競技の影響を受けながら、アメリカはそうした米国四大スポーツを自前で育て上げた。このように現在の世界のスポーツ文化は、英国派とアメリカ派の二つに分けることが出来る。サッカーが盛んな国々が英国派、日本を含めて野球の盛んな国ところがアメリカ派だ。しかし、その二つのスポーツ文化の間には極めて大きな違いがある。それは「時間」に対する感覚の違いである。
まず、時間の計り方が正反対だ。英国生まれのサッカーやラグビーでは、「経過時間」によって試合時間を表示する。スタジアムの時計はキックオフと同時に動き始め、選手も観客も試合中にその時計を見上げては時間の経過を知る。一方、アメリカンフットボールやバスケットボールといった米国のスポーツでは、時計を「カウントダウン」する。こちらは残された時間を目安にして、試合の進み具合を知るのだ。そして制限時間がゼロになったところで試合は終了する。次に、時間の数え方も対照的だ。英国では1試合を「通算」して時間を数える。サッカーの試合は前半45分と後半45分に分かれているが、あくまで前半からの通算時間を数え90分になったところで試合終了となる。それに対しアメリカでは、時間が「リセット」される。第1ピリオド、第2ピリオド、各ピリオドの時間は独立して数えられ、制限時間のリセットを繰り返して試合が出来上がる。そしてタイムの有無。英国スポーツの時間は「継続」が基本だ。試合中に何が起こっても時計は止まらない。ケガ人の処置や、選手の抗議などで時間が空費された場合は、その分だけ試合時間を延長することで対処する。一方、アメリカンスポーツでは時間が「断続」する。監督がタイムと宣言することによって時計を止めることが出来るのだ。それ以外でも競技が中断するたびに時計は止められ、競技再開にあわせて再び動き出す。だからわざと時間を止めたり、止めなかったりという時間を使った駆け引きも勝負の要素となるのである。
こうして英国流とアメリカ流の二大スポーツ文化における「時間」を比較してみると、それぞれに大きな特徴があることが分かる。時間の経過、通算、継続を基本とする英国スポーツは、ごくごく当たり前の「自然な時間」(NATURAL TIME)を試合の中でも使用している。これは今も昔も変らない、延々と続いている時間である。英国でサッカーが生まれたのは今から500年以上も前のことだが、その当時の選手たちも同じ時間の流れの中でプレーしていたのだ。一方、アメリカンスポーツが採用しているのは「人工的な時間」(ARTIFICIALTIME)だ。カウントダウン、リセット、タイムと、時計を止めたり戻したり、時間を人為的に加工する。人間が手を加えることによって時間を正確に効率よく運用しようというのだ。
こうした時間の概念を実際の生活に投影してみると面白い。例えば日本。私達はアメリカ流「人工的な時間」にどっぷり浸かって暮らしている。まず朝起きると通勤電車までのカウントダウンが始まり、出社するとスケジュールは分刻み。街角では居酒屋でも制限時間が設けられ、挙句の果てには交差点の信号までカウントダウンされている。人々が気にしているのは残り時間。時間の流れをのんびりと味わっている暇など無い。そのおかげで、いまや生活のスピードはアメリカともに世界の一、二を争うことになった。
一方、「自然な時間」の聖地、英国にも「人工的な時間」の波は押し寄せた。激しい国際競争の中では合理化、効率化なくしては生き残れず、保守的だといわれる英国でも社会のスピードアップが進んでいる。しかし、そうした中でも英国はどこかで「自然な時間」を慈しむ。これまでに日本の企業戦士も顔負けというほどに働く英国人に何人か出会った。寸暇を惜しんで働く彼らはまさに分刻みの生活を送っている。そんな英国人に限って休日は自然の中に身を置きたがる。例えば狩り。木の茂みに息をひそめ、獲物がくるのをじっと待つ。そこに流れている時間は、まさしく「自然な時間」。おそらく数千年の昔と比べても変らぬ時間の流れであり、当時から延々と積み重なってきた時間である。そうした時間とシンクロすることを彼らは好むのだ。今後も世の中は「人工的な時間」を軸に動いていくだろう。しかしそんな時代だからこそ「自然な時間」との繋がりを大切にしたいものだ。
山上祐一郎
1971年生
慶應義塾大学法学部法律学科卒
テレビ東京スポーツ局に7年間勤務し、
長野五輪・フランスW杯等を取材
退職後、株式会社福田種鶏場勤務、
現在イギリスにて研修中